<ルクセンブルク>EU機関が集まる新都心「キルシュベルク」で見つけたヨーロッパの学校と謎のケーブルカー

🇱🇺ルクセンブルク/キルシュベルグ 2019年8月11日

ルクセンブルクを訪れたら、ぜひ行ってみたい場所がありました。

EUのお役所を誘致して開発が進められている「キルシュベルク」と呼ばれるルクセンブルクの新都心です。

観光地ではない「ヨーロッパの首都」を歩きながら私が気になったのは、ヨーロッパの学校と謎のケーブルカーでした。

新都心キルシュベルク

ヨーロッパの小国ルクセンブルクを観光で訪れる日本人はまだ少数。

行くとしても近隣の国から日帰りというケースが多く、ルクセンブルクに来ても観光するのは世界遺産でもある旧市街というのがお決まりです。

でも私はあえてルクセンブルクに4泊して、ここを起点に一味違った観光をしてみようと考えました。

ルクセンブルク旧市街に泊まって、朝早く目的もなく妻と散歩に出ます。

旧市街の東の端まで行くと、谷と丘の美しい街並みが眼下に広がりました。

世界遺産にも認定されたルクセンブルクの古い町並みと要塞群です。

同じ場所から目を東に転じると、丘の上に建ち並ぶ近代建築群を見ることができます。

ここが「キルシュベルク地区」と呼ばれる新しいルクセンブルクです。

ルクセンブルクは、何もなかった丘の上にEUの諸機関や国際的な金融機関を誘致し、新都心を建設したのです。

ヨーロッパ統合に関心がある私は、散歩の後、妻を宿に残して一人で日曜日のキルシュベルクに行ってみることにしました。

ルクストラムに乗って

旧市街のバス停「Hamilius」から16番のバスに乗って、「Kirchberg, Rout Bréck」で降ります。

ルクセンブルクの公共交通機関は、一日4ユーロで乗り放題なので気軽に乗り降りできます。

どこに何があるのかまったく調べずに来たので、とりあえずキルシュベルク新市街のど真ん中を貫く大通り「ジョン・F・ケネディ通り」を東に歩きます。

まず、モダンで白い大きな建物が目につきました。

「フィルハーモニー・ルクセンブルク」。

2005年に竣工したコンサートホールで、「ルクセンブルク・フィルハーモニー管弦楽団」の本拠地になっています。

わかりやすい地図がありました。

「Ville haute」が旧市街、「Ville basse」が谷底の街です。

旧市街の南に駅周辺の新市街があり、旧市街の北東の丘の上に作られたのがキルシュベルク地区です。

「フィルハーモニー・ルクセンブルク」の隣にあるのが、「欧州コンベンションセンター」。

EU理事会が3ヶ月間使用し、様々な重要会議が開かれます。

最大収容人数は2000人で、EUが使用しない期間は、展示会や企業イベントにも活用されるようです。

「ジョン・F・ケネディ通り」をはさんだ反対側には、ホテルがいくつか並んでいます。

ヨーロッパではおなじみの、ソフィテルとノボテル。

そのお隣には・・・

真新しい欧州議会の建物がありました。

欧州議会といえばフランスのストラスブールにありますが、ここルクセンブルクにも欧州議会の事務局が置かれているのです。

このエリアは建物がゆったり建てられていて歩いて回るのがしんどいので、「ジョン・F・ケネディ通り」を走る路面電車「ルクストラム」に乗ってみることにします。

ルクセンブルクの全国で使える一日券さえ持っていれば、ルクストラムも乗り降り自由です。

日曜ということもあって、電車の中はガラガラでした。

ルクセンブルクの交通については、こちらの記事もどうぞ。

<ルクセンブルク>世界初!2020年から公共交通機関を無料化するルクセンブルクでバス&トラム&鉄道に乗る

旅したい.com

欧州議会前から乗って次の停留所は「Coque」。

そこにあった建物は、「d’ Coque」と呼ばれるスポーツ文化施設です。

オリンピックサイズのスイミングプールや屋内競技場が入る巨大施設です。

ルクセンブルクでは、世界レベルのスポーツ施設を作るという計画が1960年代から動き出し、1982年に一部が完成。最終的にすべての施設がオープンしたのは2002年のことでした。

国民スポーツのシンボルであると同時に、EU機関の誘致にも有利だとして建設が進められたようですが、あまりにも人影が少なく寂しい印象です。

ルクストラムでさらに進むと、ルクセンブルク大学のキルシュベルク・キャンパスがあり、その先には真新しい国立図書館の建物が見えてきます。

この国立図書館は今年10月にオープンする予定です。

次の停留所名は、「アルフォンス・ウィッカー Alphonse Weicker」。

アルフォンス・ウィッカーは、サッカーのルクセンブルク代表のゴールキーパーで、後にBLGというルクセンブルクを代表する銀行の経営者となった人物だそうです。

その停留所の前にあるのが、大型のショッピングモール。フランスの大手スーパー「オーシャン」が入っています。

そして、ルクストラムの終点となるのが、ちょっと寂しい「LUXEXPO」。

近くに展示場の「LUXEXPO THE BOX」があり、路面電車ルクストラムの沿線に主要な施設が計画的に配置されていることがわかります。

現在はここが終点ですが、2−3キロ先はもう国際空港。近い将来、路面電車が空港まで延伸される予定だということでした。

拡張するEU機関

このように実にゆったりと開発が進められるキルシュベルク地区の中で、特に目についたのが、EU機関の大きさと現在進行中の拡張工事でした。

欧州議会の建物の周囲には、工事用の塀が巡らされていて、拡張工事とアデナウアー棟の改修工事が行われていると書いてあります。

コンラート・アデナウアーは、西ドイツの初代首相で欧州統合にも貢献した人物。「欧州統合の父」と呼ばれる一人です。

路面電車が走るジョン・F・ケネディ通りから一歩北に入ると、広大な工事現場が現れました。

工事現場の一角には、金色に輝く3棟のビルが建っていました。

外観はほぼ完成しているこれらのビル、「欧州司法裁判所」の新しい建物です。

金色のビルの隣には、現在の欧州司法裁判所の建物があります。

低層ではありますが、その敷地は広大で建て替えが必要なほど古くは見えません。この施設だけではEU域内の事案はさばききれないということなのでしょうか?

欧州司法裁判所は1952年からルクセンブルクに置かれ、EUの最高裁に当たる機能を担っています。

27人の判事と8人の法務官で構成されていますが、加盟国がどんどん拡大し新たなEU法が次々に生み出されることによって、審理する案件も年々増加し負担が大きくなっているのです。

EU法と各国の国内法が対立する問題では、EU法を優先する判断が下されるため、いわゆるEU懐疑派と呼ばれる人たちからは問題視されることも増えているようです。

この欧州司法裁判所の北側にあるのが、「欧州投資銀行」です。

EUのバランスのとれた発展に寄与し、域内における経済・社会の結合を強化させることを目的として活動する政策金融機関です。

1958年の設立当初から、ここルクセンブルクに置かれています。

ガラス張りの建物はまだ新しそうに見えますが、施設の奥の敷地では、こちらでも拡張工事が行なわれているようです。

そしてこちらの工事現場。

写真で見る以上に、広大な土地です。

現場に掲げられた建設計画を見ると、「欧州委員会のジャン・モネ第2棟」と書かれていました。

EUの政策執行機関である欧州委員会は、ベルギーのブリュッセルに本部を置いていますが、そのオフィスのいくつかはルクセンブルクにもあるそうで、それを統合する工事が進められているようです。

バス停の名前にも使われているジャン・モネは、フランス人の実業家・政治家で、「欧州統合の父」の一人と呼ばれます。

第二次大戦後フランスの復興に尽力し、欧州統合の先駆けとなる欧州石炭鉄鋼共同体を構想しその初代委員長を務めた人物です。

この街では、欧州統合の父たちはとても大切にされていることがわかりましたが、EUの官僚組織が急スピードで肥大化している実態も見えてきます。

こうしたことが、ブレグジットなど反EUの動きに繋がっている一面も見逃すことはできません。

ヨーロッパの学校

ジャン・モネのバス停からさらに歩くと、こんな看板に目が止まりました。

「ECOLE EUROPEENNE」、フランス語で「ヨーロッパの学校」という意味です。

その上に書かれた「SCHOLA EUROPAEA」は同じ意味のラテン語。

これは一体どんな学校なんでしょう?

「ヨーロッパの学校」は1953年、欧州石炭鉄鋼共同体で働く職員の子弟が母国語で教育を受けられるようルクセンブルクに設立された学校でした。

今では、13のEU加盟国に18の「ヨーロッパの学校」が認定されていますが、EUの正式な機関ではなくあくまでその支援を受けた私立学校という位置づけです。

基本的にはEU機関で働く職員の子弟が中心の学校で、多言語で多文化的な教育が行われているそうです。

この学校では、歴史の教育では、戦争の相手国の言葉で相手の視点からも考える教育が行われるということで、実際にどんな教育が行われているのかとても興味が湧きました。

多国籍の職員たちの子女教育から出発した「ヨーロッパの学校」は、時を経て、将来のEUを担う人材を生み出す教育機関に成長したのです。

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