<福島>60歳からの旅!霧の太平洋クラブ白河リゾートで「奥の細道」を読む

🇯🇵福島/白河 2019年6月 1泊2日

会社の親睦コンペのため福島に行きました。太平洋クラブ白河リゾートでの1泊2ラウンド。梅雨の真っ只中、雨の予報でしたが、運よく雨に濡れることもなく今年初めてのプレーを楽しみました。

ここ白河は奥州路の入り口。白河の関より先が、「みちのく」と呼ばれました。

みちのくといえば、やはり俳聖・松尾芭蕉の「奥の細道」。こういう古典に興味を持つようになるのも、60歳からの旅の醍醐味なのでしょう。

太平洋クラブ白河リゾート

早朝の東北新幹線に飛び乗り、福島県の新白河駅までは東京駅からおよそ1時間20分かかります。

駅前で待ち受けるシャトルバスに乗ってゴルフ場へ、バスは山道をどんどん上がっていきます。

今にも降り出しそうな梅雨の空。ゴルフを楽しむうえでは雨はがっかりですが、山あいの水田と低く垂れ込めた雲、とても日本的な光景です。

©️ 旅したい.com

ガードレールや電柱がなければ、芭蕉が見た風景とさほど変わらないかもしれません。

1泊2日のゴルフツアー。

今回私は、山本健吉著「ビジュアル盤 日本の古典に親しむ⑦ 奥の細道」を持参しました。

『月日は永遠の旅客、往き交う年もまた、旅人である。舟の上に生涯を送る舟子も、馬のくつわを取って老を迎える馬子も、その日その日が旅であり、旅を栖としている。』

山本健吉著「ビジュアル版 奥の細道」より

何だか、この歳になると妙にしっくりと染み込んできます。

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私たちが到着したのは「太平洋クラブ白河リゾート」。

言わずと知れた名門「太平洋クラブ」傘下のゴルフ場です。

『すがすがしい涼気に包まれた標高950mの羽鳥湖高原にダイナミックに広がるフラットな18ホール。白樺や落葉松でセパレートされたフェアウエイを乗用カートで走る伸び伸びプレイ。草木の緑が萌える春から紅葉の鮮やかな秋まで季節を味わいながらラウンドを心ゆくまでお楽しみいただけます。』

出典:太平洋クラブ公式サイト

ゴルフ場には、宿泊施設が併設されています。

『ゴルフコースに隣接するクラブハウス&ホテルは、落ち着いた大人の雰囲気が漂う、欧風スタイルの洋館です。のんびり出掛けて午後からの1Rプレーを楽しみ、そのままホテルチェックイン。美味しい食事と大きなお風呂でリフレッシュ、翌朝は早いスタートでスループレー。そんなスタイルも人気があります。』

出典:太平洋クラブ公式サイト

駅からの途中激しく降った雨は小降りになりましたが、霧が立ち込めゴルフをするには厳しい状況でした。

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それでも、私はちょっと楽しい気分でした。

クラブハウス前の池にはハスの花が咲き、霧が立ち込めるゴルフ場は「あの世」に来たような不思議な光景に見えたからです。

歳をとると、こんな雨の日がなぜかとても愛おしくなります。

普段暮らす都会ではあまり感じませんが、緑あふれる地方に降る雨は心の底まで潤してくれるように感じます。

奥の細道

普段の行いが良いせいでしょうか、私たちがスタートする頃には、雨が上がり霧も晴れました。

空気もひんやりとしていて、全く暑さは感じません。ウィンドブレーカーを着込んでプレー開始です。

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広々としたフェアウェイはどこまでもしっとりとしていて、とても気持ちよく今年初めてのゴルフを楽しめました。

山にはかかる雲が、芭蕉と同じ風情を私にも感じさせてくれます。

『春になって霞の立つ白河の関を越えようと、わけもなく神に取り憑かれてもの狂おしく、道祖神の招きを受けているようで落ち着いて何も手につかない。』

山本健吉著「ビジュアル版 奥の細道」より

「わけもなく神に取り憑かれてもの狂おしく」旅に出たくなった芭蕉。

還暦を迎え、今の私も芭蕉と同じような心境です。

©️ 旅したい.com

プレーを進めるうちに、一瞬晴れ間が広がり、森の向こうから二岐山(ふたまたやま)が姿を現しました。

標高1544m。「ふくしま30座」にも数えられる名山です。

『白河の関は5世紀ころ、蝦夷に対して設けられた関で、下野国とみちのくとの境の標高500メートルほどの関山にあった。関山にも新古二つあって、芭蕉は新しい関山を通ったが、やはり古関の跡にひかれて、曾良の「随行日記」によれば、白坂の入口から右へ折れて旗宿を訪ねている。新しい関山には、国境をはさんで下野側に住吉明神、みちのく側に玉津島明神(境神社)が20間ほど隔てて並んでいる。古関の方には、住吉、玉津島の明神を一緒に祭り、それから二所ノ関の名が生まれた。相撲の二所ノ関部屋はここの名をとったのである。白河城主松平定信が寛政12年(1800)に古関の跡に立てた碑があって、あたりは巨樹が鬱蒼と繁る中に、昔の土塁や堀の跡らしいものが遺っている。白河の関は勿来、念珠とともに古来山関といわれ、歌人・文人・連歌俳諧師などがここを越える時は、冠を正し、心して越えたことが読み遺した詩歌や逸話にうかがわれる。』

山本健吉著「ビジュアル版 奥の細道」より

定年後、「奥の細道」をたどる旅人が多いそうです。

50歳で亡くなった芭蕉が、奥の細道へと旅だったのは45歳の時でした。5ヶ月かけて下野、陸奥、出羽、越後、加賀、越前を回り、大垣まで、2400kmの行程を歩き、多くの俳句を残しました。

旅の目的は、その年500回忌を迎えた西行を中心に古の歌人が遺した歌枕や名所旧跡を訪れることでした。

人生の最後に、自分が知らない土地を訪ね、尊敬する先達の足跡をたどることは、とりも直さず自分の人生を見つめ直し、自分が生きた意味を見つける旅だったのだと私は思います。

『月日は永遠の旅客、往き交う年もまた、旅人である』

確かに、人生そのものが長い旅のよう。思い通りにいった瞬間もあれば、それよりもはるかに多くの後悔が残ります。

家庭や会社での責任から解放された時、「奥の細道」が急に気になり始めました。きっと私も、自分の人生を見つめ直したいという気持ちになったからだと思います。

なぜ多くの人が、300年以上前に出版されたこの古典に惹かれるのか?

その答えを知るために、そして自分の生きた意味を見つけるために、私もいつか「奥の細道」を手に東北・北陸を回ってみたいと思っています。

ちなみに、ゴルフのスコアは、初日が87、2日目が96でした。

太平洋クラブ白河リゾート
福島県岩瀬郡天栄村田良尾芝草1
電話:0428-85-2111

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